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月別アーカイブ: 2025年9月

山佐園の茶話~part22~

皆さんこんにちは!
有限会社お茶の山佐園の更新担当の中西です!

 

 

山佐園の茶話~part22~

湯呑み一杯の向こう側には、1年を通して続く畑の管理、短い収穫期の勝負、そして加工・販売という長い工程があります。近年、お茶農家の現場では、気候・人手・価格・規制など複数の波が同時に押し寄せ、従来のやり方だけでは乗り切れない局面が増えました。本稿では、日本の茶産地を想定しつつ、畑・工場・市場の3視点から課題を整理し、すぐに着手できる打ち手までまとめます。


1|畑で起きていること(生産)

① 気候リスクの増大

  • 晩霜・春先の寒戻り:一番茶の芽吹きが早まるほど霜害のリスクが上がる。防霜ファンや散水、黒マルチなどへの投資負担が増加。

  • 猛暑・干ばつ・豪雨:夏場の高温乾燥は樹勢を落とし、旨味成分の蓄積に影響。豪雨は土壌流亡や根傷み、排水不良を誘発。

  • 収穫タイミングの難化:フェノロジー(生育リズム)の変動で「いつ摘むか」の決断が難しく、品質×歩留まりの最適点が読みにくい。

② 病害虫の圧力と防除の難しさ

  • チャノミドリヒメヨコバイ、小さなハマキ類、カンザワハダニ…。高温化で世代回転が早まると防除回数が増え、耐性化リスクやコストが上昇。

  • 有機・特別栽培では選べる資材が限られ、草生管理や天敵温存など**総合的病害虫管理(IPM)**の設計が不可欠に。

③ 労働力の逼迫

  • 収穫は極端な繁忙の“瞬発型”。世帯内労働だけでは回せず、機械化・共同作業・外部人材の確保が必須。

  • 高齢化で重労働の継続が難しい。摘採機・運搬・選別の動線を見直し、腰と肩への負担を“設計で”減らす必要。

④ 土壌・品種・園地の課題

  • 化学肥料高騰や施肥制限で、有機質の回帰・土づくりに再び注目。

  • 品種の多様化は品質の幅を広げる一方、最適な防除・摘採時期・被覆条件が畝ごとに違う難しさも。


2|工場で起きていること(製造・設備)

① エネルギーと資材コスト

  • 蒸機・乾燥機を回す燃料・電力の高止まり。被覆(覆下)資材や網、防霜・防鳥のネットもコスト上昇。

  • 省エネのための更新投資(インバータ化、断熱、熱回収)が必要でも、回収年数が長く資金繰りの壁に当たりやすい。

② 小ロット・多規格対応の負担

  • シングルオリジン、単品種、発酵茶や紅茶化など多品種少量のニーズ増。

  • ロット分け・トレース・在庫管理の手間が増し、**品質の“再現性”**を保つ運用が難しい。

③ 衛生・安全・トレース

  • HACCP 的な衛生管理、異物混入防止、残留農薬の**MRL(基準値)**対応。

  • 海外輸出や大手取引では記録と証跡が求められ、紙台帳からの脱却が課題。


3|市場で起きていること(販売・事業)

① 価格のミスマッチ

  • 市場平均価格が伸び悩む一方、上物と下物の二極化が進行。

  • 仕入先や流通の都合で、“良いもの”でも適正に評価されないケースが残る。

② 需要構造の変化

  • 急須離れの一方、抹茶・ボトルティー・ティーカクテル・健康文脈など新しい入口は拡大。

  • ただし新カテゴリーは規格・衛生・表示の壁が高く、参入コストがネック。

③ ブランディングと越境

  • 農協・市場任せから、**直販・EC・観光(アグリツーリズム)**へ。

  • 物語・写真・英語対応・配送・カスタマーサポートまで含めると、“農家の仕事”が増え続ける


4|“明日から動ける”現場の打ち手

畑:気候・病害虫へのレジリエンス

  • 防霜の多層化:ファン+黒マルチ+簡易風除け、可搬温湿度ロガーで危険閾値を見える化

  • IPM:フェロモントラップ、被覆下の湿度管理、茶園縁の草・樹種の選定で天敵温存。

  • 土づくり:剪枝くずのチップ化・堆肥化、被覆作物(クローバー・ヘアリーベッチ)で有機物と保水を確保。

労務:繁忙の“瞬発”を仕組みに

  • 共同雇用プール(近隣数戸でのシェア)、摘採機の共同利用カレンダー

  • 収穫〜運搬の動線見直し(斜面にはモノレール・自走運搬車、集積点の固定化)。

  • 学生・地域人材の短期アルバイトには、30分動画の作業eラーニング+現場チェックリストを準備。

工場:省エネ・多品種対応

  • 熱回収・断熱・インバータで“燃やした熱を逃がさない”。

  • ロットID管理(QR)で生葉→荒茶→仕上げまで紐付け。単品種・単畝でも混乱しない台帳に。

  • 小規模発酵ラインの試験スペースを確保し、紅茶・烏龍・発酵茶の**“二の矢”**を育てる。

市場:価値の翻訳と販路

  • シングルオリジンの設計:区画、品種、被覆日数、蒸しの強弱など**“違いの言語化”**。

  • ECの基本整備:淹れ方動画、写真(茶畑・製造・リーフ・水色・茶殻)、2分で強みが伝わる商品ページ

  • 観光・体験:新茶期の“摘採見学+製茶見学+試飲”、秋は“焙煎体験”。一次情報の提供はブランド力に直結。

  • 法人向け:ボトルティー用の抽出適性、抹茶・粉末緑茶の粒度や溶解性などB2B規格表を用意。


5|資金と制度:攻めの投資を可能にする道筋

  • 共同機械リース・協同購入で初期費用を分散。

  • 再エネ活用(屋根ソーラー+蓄電)で昼間電力を平準化、乾燥ピーク時の需要抑制に寄与。

  • 省エネ・輸出・6次化に関連する補助・融資は、“成果(省エネ率・新売上)の数値計画”まで落として申請。


6|輸出・規格対応の勘所

  • MRL・ポジティブリストを市場別に整理し、使用資材と収穫前日数(PHI)を管理表で一元化。

  • 残留検査・水質検査の証跡を英訳テンプレートで常備。

  • バルク・ティーバッグ・粉末など形態別の規格書を用意し、問い合わせへの初動を早める。


7|継承と連携:人が続く仕組みへ

  • 研修受け入れ(短期)→シーズン雇用(中期)→新規就農支援(長期)の**“階段”**を地域で用意。

  • 地域工場・共同乾燥など設備のシェアで小規模生産者の参入障壁を下げる。

  • 若い世代がやりたい直販・体験・デジタルを、上の世代の栽培・製茶の技と重ねる“縦の分業”。


まとめ:課題は重なる。だからこそ“設計”で解く

気候、人手、コスト、市場、規制。どれか一つではなく同時多発で起きています。鍵は、

  1. データで可視化(気象・生育・防除・コスト・販売)

  2. 標準化(作業・記録・品質)

  3. 分担と連携(人・設備・販路)
    の三点を“畑→工場→市場”の一本線でつなぐこと。

お茶は、土地と人の記憶の産物です。違いをつくる畑と、違いを伝える言葉、そして続けられる仕組みが揃ったとき、一本の新茶はようやく未来に届きます。
次の季節に向けて、できることを一つずつ“設計”していきましょう。

 

山佐園の茶話~part21~

皆さんこんにちは!
有限会社お茶の山佐園の更新担当の中西です!

 

山佐園の茶話~part21~

 

南から北へ、新芽が走る。72時間の段取りが品質を決める

茶畑の一年は、茶摘みシーズンを中心に回ります。冬の休眠から芽吹き、若芽が伸び、最適な一瞬を見極めて摘み、数時間で加工へ——この“連続した設計”が、湯呑みの一杯の香味を形づくります。本稿では、農家の現場目線で時期の移ろい・適期の判断・天候対応・摘み方の選択・加工までの流れを整理し、最後にチェックリストも載せました。産地の違いを越えて活かせる骨子に絞っています。


1|シーズンの全体像:冬芽から一番茶へ

  • 冬〜早春:休眠芽が寒さに当たり、春の生長準備(休眠打破)。

  • 萌芽期:地温・気温の上昇に合わせて芽が動き出す。南の産地から始まり、桜前線の少しあとを追う感覚で北上。

  • 伸長期:新芽が一気に伸び、柔らかさ・うま味(アミノ酸)・香り前駆体が高まる。

  • 適期判定→摘採→即加工:生葉は呼吸で劣化するため、収穫から数時間で蒸し・揉みへ。

  • 整枝・追肥・病害虫管理:一番茶後は次の芽(=二番茶)の設計モードに切り替え。

茶摘みの合図は“カレンダーではなく芽”。新芽の状態=品質という原則が、全ての判断の起点です。


2|一番茶・二番茶・三番茶・秋冬番茶

  • 一番茶:うま味が豊かで価格形成の主軸。産地の看板商品「新茶」はここから。

  • 二番茶:日射強く生育スピードが速い。香り・渋みの設計とスケジュール力が差に。

  • 三番茶:地域や経営方針で実施可否が分かれる。樹勢や翌年の芽作りと相談。

  • 秋冬番茶:量重視・加工原料用途が中心。土づくり・剪定設計とのバランスが鍵。


3|“適期”の見極め:感覚+数値のハイブリッド

現場では「一心二葉〜三葉」「芽長・葉質・色艶」を総合判断します。最近はここに簡易データを足して再現性を高めます。

  • 開葉数の目安:一心二葉付近でうま味が乗りやすく、三葉へ向かうほど渋み・繊維が増える傾向。

  • 葉質(硬化度):指先でのしなり、ハサミの抵抗感、色味の深まりが合図。

  • 百芽重や芽数:区画ごとの“芽の勢い”を把握し、収量計画を微調整。

  • 気象と積算温度:遅霜リスクや雨前後の品質変動を読む材料に。

目と手の勘は今も最強。ただしメモ・写真・簡易指標を残すと、翌年の適期再現がぐっと楽になります。


4|天候との駆け引き:遅霜・雨・強風

  • 遅霜:最も怖い外的要因。防霜ファン・散水氷結・煙霧などを組み合わせ、被害を点で止める。

  • :降雨直後は葉の含水が上がり、青臭さ・渋みの出方が変わる。小雨で続けるか、切るかの判断が収益を左右。

  • 強風・乾燥:芽先が傷みやすい。被覆園は被覆資材の管理で緩和。


5|スタイル別の“畑設計”

  • 煎茶:光を浴びて香りと渋みの骨格を作る。浅蒸し〜深蒸しは生葉の厚み・硬さで決める。

  • かぶせ/玉露:**被覆(遮光)**でうま味(アミノ酸)を高め、渋みを抑える。被覆日数・資材・開始時期が勝負。

  • てん茶(抹茶原料):直納品が多く、茎や粉の混入率、網目選別の管理が重要。

  • 萎凋香タイプ:ごく軽く萎凋(しおらせ)して花香を引き出す設計も。摘採タイミングと加工段取りの一致が必須。


6|摘み方の選択:手摘み/機械摘み/乗用型

  • 手摘み:柔らかい芽だけを選べるため最高グレードに向く。労力がボトルネック。

  • 可搬型機械(バリカン):スピードと品質の折衷。条間・畝形状の整備が出来栄えを左右。

  • 乗用型摘採機:面積の大きい園地で主力。畝面の平滑性・刃高の均一が品質の鍵。

どの方式でも、摘採面の高さを揃える=翌年の芽づくり。収穫と樹勢管理はワンセットです。


7|“数時間の勝負”——摘採後から加工へ

生葉は摘んだ瞬間から呼吸で変化します。収穫→搬出→計量→蒸しまでの搬送・待機を最短に。

  • 蒸し:青臭みのコントロール。浅蒸しは輪郭のある香味、深蒸しはまろやかな口当たり。

  • 粗揉→中揉→精揉:水分・形状・細胞破壊のバランスを揃え、荒茶へ。

  • 仕上げ・火入れ:篩別で粒度を整え、火入れで香味をまとめる。

  • ロット設計:区画・時刻・摘み方でロット分けし、味の設計図として記録。


8|人と段取り:シーズンを乗り切る運用術

  • 人員配置:経験者+新人の混成でライン化。役割(摘採・運搬・検品・釜/ローラ)を固定してミス減。

  • 安全・衛生:熱源・回転部・粉じんの安全教育。衣類の紐・アクセは厳禁。

  • 水分・休憩:高温作業の熱ストレスは品質にも響く。短時間・高頻度で水分補給。

  • コミュニケーション:無線・メッセンジャーで天候・機械トラブル・加工待ちの情報共有。


9|土づくりとサステナ:来年の芽も同時に作る

  • 施肥設計:一番茶前の追肥は効きが早いが、過多は味に影響。根圏の健康を優先。

  • 雑草・生物多様性:全面除草ではなく抑草へ。土壌生物と水はけを守る。

  • 資材と環境:被覆資材や包装のリユース・分別。加工の廃熱・粉の扱いも見直し対象。


10|“新茶”を届ける物語づくり

  • ロット情報の共有:区画・摘採日・被覆日数など“畑の履歴”を簡潔に伝えるとファンが増える。

  • 淹れ方設計:理想の湯温・抽出時間・グラム数を1枚のリーフレットに。

  • 飲み手との対話:試飲会・オンライン配信で畑→工場→湯呑みのストーリーを直に届ける。


11|チェックリスト(保存版)

摘採前

  • 芽の状態(開葉数・硬さ・色艶)を区画別に記録

  • 遅霜・降雨予報と防霜・雨天時運用を確認

  • 機械点検(刃・高さ・電源・予備部品)

  • 被覆園の資材・端部処理の再確認

摘採日

  • 収穫→搬出→計量→蒸しのタイムライン共有

  • 雨対策(通い箱の通気・防水)

  • 区画・時刻ごとにロット札を徹底

加工

  • 蒸し条件(時間・温度)と生葉の厚みの整合

  • 粗揉・中揉・精揉の目標水分

  • 仕上げ・火入れの温度履歴と官能メモ

シーズン後

  • 整枝高さの統一/枯れ枝除去

  • 樹勢評価と次番茶の実施可否

  • 収量・品質・天候・作業記録の振り返り


一杯の“旬”は、畑・人・時間の総合芸術

茶摘みシーズンは、芽の科学×天候対応×段取り×加工が一気に交差するクライマックスです。
「いつ摘むか」「どう運ぶか」「どう蒸すか」を数時間で決め切る緊張感の先に、香り立つ新茶の一杯が生まれます。

来季に向けては、

  1. 適期判断の記録化

  2. 雨・霜の運用基準の明文化

  3. 収穫〜蒸しのリードタイム短縮

この3つだけでも、味は確実に前へ進みます。茶畑は毎年同じ顔をしていません。だからこそ、今年の“旬”を、今年の段取りでつかまえましょう。